「ザ・ドリフターズ」のメンバーとして活躍したタレントの仲本工事さんが、19日午後10時22分、交通事故による急性硬膜下血腫のため神奈川県内の病院で亡くなりました。81歳でした。
仲本さんは東京都出身で、学習院大学に在学中に歌手のジェリー藤尾さんが率いるジャズバンドのメンバーになりました。
1965年にいかりや長介さんをリーダーとする人気コミックバンド「ザ・ドリフターズ」に参加し、翌年にはビートルズの来日公演の前座でリードボーカルとして「ロング・トール・サリー」を歌い注目を集めました。
1969年に民放の公開バラエティー番組「8時だョ!全員集合」が始まるといかりやさん、加藤茶さんや高木ブーさんそれに志村けんさんらとともに数々のコントを披露して国民的な人気を博し、仲本さんも中学生の頃に始めた体操を取り入れたコントなどで人気を集めました。
その後もコメディアンとしてだけでなく、ミュージシャンとしてライブなどの音楽活動を行ってきたほか、俳優としてドラマや舞台に出演するなど幅広く芸能活動を続けてきました。
2001年にはザ・ドリフターズとして紅白歌合戦に出場しています。
10月14日には2020年に亡くなった志村けんさんに関する催しのゲストとして高木ブーさんとともに群馬県高崎市のデパートを訪れ、ファンたちとふれあっていました。
所属事務所によりますと仲本工事さんは、10月18日、横浜市の市道で車にはねられ、神奈川県内の病院で治療を受けていましたが、19日午後10時22分、交通事故による急性硬膜下血腫のため亡くなったということです。
81歳でした。
JR渋谷駅前では悲しみと驚きの声
タレントの仲本工事さんが亡くなったことについて、JR渋谷駅前では悲しみと驚きの声が聞かれました。
60代の男性は「ザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』をいつも楽しみに見ていたので、本当に残念です。言葉が出てきません」と話していました。
50代の男性は「私たちの世代は子どものころにずっとテレビで見ていた人なので、本当に驚きました」と話していました。
ユーチューブで「ザ・ドリフターズ」を知ったという30代の男性は「志村さんがコロナで亡くなったあと、仲本さんがこういう形で亡くなってしまって、ショックです。ザ・ドリフターズの中では控えめで落ち着いているイメージがありました。昔、テレビで活躍していた人たちがどんどんいなくなってしまうのは残念です」と話していました。
皆さんはドリフというと誰が一番好きでしたか?
私が子供の頃、最も人気あったのは、他でもない加トちゃんでした。しかし、そんな中で私が一番印象に残っていたのは仲本工事さんだったのです。まだ志村けんさんが加入する前で、荒井注さんが在籍していた時代の話しです。
一見インテリそうに見えて、体当たりの演技で人を食った様なことをやる・・・仲本さんの個性は正にこんな感じでした。インターネット時代になってから、「8時だよ全員集合」や「ドリフ大爆笑」の動画を容易に観ることが出来る様になりましたが、今改めて観ると、当然加藤さん、志村さんが面白いのは変わらないにしても、やはり仲本さんって物凄く味のある演技をやっていると思ったものでした。
ビートルズの来日に際しては、のっぽのサリーでボーカルを取ったのはよく知られています。
特に90年代以降は、いかりや長介さんとの絡みが多かったと思いますが、これも私の好きなコンビでした。
先日、年下の奥さんとの問題がニュースになったと思った直後の交通事故、そして訃報…事故のニュースを聞いたときから、年代的にも厳しいか…と思っていたら、まさか本当に…。運動神経を売りにしていた方だけに、残念です。
コレでドリフの存命者は高木ブーさんと加藤さんの二人となってしまいました。既に高木さんも90近いですが、一番病気の話しを聞かないのが高木さんだったりします。
仲本さんも既に81か・・・と思ったら、私が子供の頃に活躍していた人は、軒並みその年代になっています。改めて年月の流れを感じずにはいられませんが、志村さんに続き仲本さん・・・少し前まで元気だった方だけに、残念で仕方有りません。